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「科学と非科学」を読んで

1年ほど前でしょうか。「科学とエセ科学」というテーマで記事を書こうと考えていました。明瞭に科学とエセ科学を分別できる領域もありますが、分別があいまいな境界ラインもあったりすることに、以前から私が興味を持っていたからです。そんな境界ラインに存在するのに、一方的に「エセ科学」と批判しているのはおかしい、とよく思ったりしています。
そんな関心を持っていたので、「科学と非科学」(中屋敷均著、講談社現代新書)は期待して読みましたが、見事に裏切られました。この著者は本当に国立大学の教授なのでしょうか。日本の学者の科学観に落胆します。
「どの程度の放射線量なら安全なのかを科学者は社会的に決めなければならないが、それは明確には定めにくい」と書いていますが、「決めなければいけない」のはどう考えてもおかしいです。放射線被害は確率的に決まるもので、どこまでが安全かを決めるのは個人の価値判断によります。科学者であろうと、首相であろうと、神であろうと、放射線量の安全の線引きはできません。科学者が言えるのは「放射線被害は放射線量に応じて確率的に決まるので、どこまでが安全で、それ以上は危険などと明確に線引きはできません」という事実だけです。科学者が「10mSvまでは安全です」と伝えて、国民が「8mSv被爆だから絶対安全だ」と思ったり、「5mSvだったけど、甲状腺がんになった。詐欺だ」と批判したりするのは誤りです。
当たり前ですが、科学者がどんな基準を作ろうが、人体に対する放射線被害が変わるわけではありません。科学者は答えが確率的な場合には、確率的に答えなければいけませんし、答えが分かっていない場合には、分かっていないと正直に答えなければなりません。日本人はそれを受け入れられる程度の科学的見識は身に着けておくべきです。たとえ、あいまいな答えでは納得できないと不満を持ったとしても、あるいは、その科学的事実を全く理解できなかったとしても、自然法則は変わりません。もしこの文章を読んでも、「その通りだ」と思わずに、「訳分からない。分かりやすく、どうすればいいか説明しろ」と怒る日本人が多いのなら、日本の科学教育は失敗していると断定していいでしょう。
この本でさらに落胆するのは、EBM(Evidence Based Medicine)の解説をしているのに、権威主義が幅をきかせている、とEBMと正反対の意見を書いてあることです。「専門家は非専門家よりもその対象をよく知っている。だから、何事に関しても専門家の意見は参考にすべきである。それも間違いない」とまで書いています。EBMのエビデンスレベルを見れば「専門家の意見」は最低レベルです。もちろん、専門家の意見が大規模ランダム試験に基づいているなら、それはより高いエビデンスレベルになります。しかし、それがより高く評価されるのは、専門家の意見だからではなく、大規模ランダム試験に基づいているからです。
この本では「バーバラは可動遺伝子の発見を論理的かつ神秘的な妄想により発見した。あまりに革新的な発見だったので、彼女の仮説が正しいと理解されるまで、30年もかかった」と超科学の話まで出てきます。バーバラのトランスポゾンの発見がなかなか科学者の世界で受け入れられなかったのは、wikipediaにあるように、「遺伝子の複製が単純な物理法則に従って行われている」と当時は信じられていたからで、なにより、その直後のワトソンとクリックのDNA二重らせん構造の世界の大発見と矛盾したからです。バーバラが神秘的な天才だったわけでも、当時の他の科学者たちがバーバラと比べて理解力が著しく劣ったわけでもありません。
他にも、著者の科学観の稚拙さはいくつも指摘できますが、これくらいにしておきます。21世紀初頭の日本だと大学教授でさえ、この程度の科学観しか持っていない証拠にはなるでしょう。
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